「営業担当の方は、とても良い方なんです」
「設計士さんは、これまで真剣にやってくれました」
「責めるつもりは、ないんです」
この言葉を、私は何度も聞いてきました。
聞いた場所は、新築住宅の原因調査のご依頼を受ける席。施工者の仕事に疑問を持ち、第三者に調査を頼む、まさにその場面です。
それでも依頼者は、施工者をかばう言葉から話し始めます。
責めたいわけではない。でも、納得はできていない。
もしあなたがいま、この二つの気持ちの間で止まっているなら、この記事で知ってほしいことがあります。
怒りはある。でも、人には向けたくない
「欠陥住宅」と検索してみてください。出てくるのは、戦うための情報です。
「泣き寝入りしないでください」「証拠を集めましょう」「弁護士に相談を」
世の中の情報は、怒っている人に向けて作られています。読んでみて、自分の気持ちとは違うと感じたのではないでしょうか。
私が実際にお会いする依頼者も、怒っていないわけではありません。不具合が起きたこと自体には、当然、怒りがあります。
ただその怒りは、人には向かっていません。
一生懸命やってくれた過程と、それでも不具合が起きているという事実。この二つを、どう受け止めればいいのか分からない。
それが実際の状態に近いと思います。
だから、施工者を怒鳴りつけたり、攻撃したりするつもりはない。担当者は誠実に対応してくれた。大工さんは丁寧に造ってくれた。強く言い過ぎると、かえって対応してもらえなくなるのではないか。
そう考えて、言葉を選びながら施工者と向き合っています。
その向き合い方には、理由があります。
家づくりに関わった人たちとの関係を壊したくないと考えるのは、その関係が本物だったからです。
そして引き渡し後も、その家に住み続けるのはあなたです。施工者との関係は、これからも続きます。穏便に進めたいという判断には、合理性があります。
問題は、穏便にしたい人のための情報が、どこにもないことです。
その気持ちは、時間とともに形を変える
「責めたくない」という気持ちは、一度きりの感情ではありません。
住まいの不具合と向き合う過程で、段階ごとに違う言葉になって現れます。
不具合に気づき、調査を考え始めた頃
「ハウスメーカーを責めるつもりはないんです」
この段階の言葉です。調査を依頼すること自体が、施工者との対決の準備になってしまうのではないか。そんなためらいと一緒に語られます。
調査が終わり、原因の説明を聞いた頃
「ちゃんと直ってくれれば、それでいいんです」
原因が分かると、気持ちの置き場所が変わります。誰の責任かではなく、この家がこれからどうなるか。関心はそこに移ります。
不具合への怒りが消えたのではなく、怒りの行き先が「人」から「家を元に戻すこと」へ定まった状態です。
報告書を施工者に渡し、回答が返ってきた頃
「強く言い過ぎたくないんです」「弁護士を入れるつもりはありません」
最終盤でも、対決を避けたい気持ちは変わりません。むしろ、話が動き始めたからこそ、壊したくないという慎重さが増します。
どの段階のあなたも、間違っていません。責めたくないという気持ちは、最初から最後まで一貫していて、それでいいのです。
ただ、一つだけ、どの段階にも共通して残り続けるものがあります。
納得できていない、という感覚です。
施工者の説明に納得できないのは、根拠がないから
不具合を伝えたとき、施工者から説明がなかったわけではないはずです。
「大丈夫です」
「許容範囲内です」
「しっかり対応します」
「社内基準を満たしています」
説明は、ある。対応の姿勢も、ある。それでも納得できない。
この状態を、多くの依頼者が「自分の理解力が足りないのかもしれない」と受け取ってしまいます。
そうではありません。納得できないのは、説明に根拠がないからです。
大丈夫だとすれば、なぜ大丈夫なのか。許容範囲だとすれば、何の基準で、どこまでが範囲なのか。社内基準だとすれば、その基準はこの症状の何を判定したのか。
答えられていないのは、いつも「なぜ」の部分です。
あなたは建築の専門家ではありません。だから、専門家には分かるように説明してほしいと思う。それは当然の要求です。
依頼者が実際に口にするのは、「なぜですか」「納得できないんです」という言葉です。
ただ、その奥にある本音は、もう少し違うところにあるように感じています。
不具合があるのは、もう分かっている。だからこそ、安心できるように、わたしを納得させてほしい。
責めたいのではない。謝罪や賠償を求めているのでもない。ただ、この家に安心して住み続けるために、納得できる説明が欲しい。それだけです。
責めたくない気持ちと、納得したい気持ち。この二つは矛盾しません。あなたが求めているのは相手を打ち負かすことではなく、根拠のある説明だからです。
事実が間に置かれると、土俵が変わる
では、根拠のある説明は、どうすれば手に入るのか。
施主と施工者だけで話し合いを続けると、議論は「誰が悪いか」の土俵に乗りがちです。
施主は不安を訴え、施工者は問題ないと繰り返す。感覚と感情のぶつかり合いになり、どちらかが折れるまで終わりません。
多くの場合、折れるのは施主です。
責めるつもりがなかったのに、話し合いを重ねるほど対立の形に近づいていく。この構図に苦しんでいる方は少なくありません。
この土俵を変えるのが、原因究明の調査です。
不具合があるという事実の確認だけでは足りません。なぜ起きたのかが分からないまま補修しても、原因が残っていれば、症状は戻ってきます。
だから当事務所の調査は、原因の究明までを行います。
そして、原因とその根拠が「何が起きたのか」という事実として間に置かれると、施主も施工者も、同じ事実を見るしかなくなります。
議論の対象が、相手の態度から、目の前の事実に移ります。
実際に、こういうことが起きます。
調査の前には「対応いたしかねます」「ご希望であれば、お客様のご負担で」と回答していた施工者が、調査報告書の提出後、こう回答を変えます。
「社内で検討した結果、今回は対応させていただきます」
私は施工者と交渉していません。強く要求したわけでもありません。原因とその根拠を、報告書で示しただけです。
根拠が示されれば、施工者の社内でも対応を通す理由ができる。事実の前では、施工者も動きやすくなるのです。
争って勝ち取ったのではありません。
事実が置かれたことで、争う理由がなくなったのです。
私が数多く見てきたのは、この形の解決です。
調査は、争うための武器ではない
ここまで読んで、気づかれたかもしれません。
調査は、施工者と戦うための証拠集めではありません。むしろ逆です。戦わずに済ませるための土台です。
感覚と感情のぶつかり合いのままでは、出口は二つしかありません。どちらかが折れるか、争いに進むか。
そのどちらでもない三つ目の道を作るのが、事実です。
技術的な事実が間に置かれた瞬間、話し合いは感情の議論から技術の議論に変わります。技術の議論なら、争わずに進められます。
当事務所が調査で行うのは、原因の究明と、その根拠の提示です。責任の追及ではありません。
原因の究明は、責任の追及と切り離せます。切り離せるからこそ、施工者との関係を壊さずに進められるのです。
「調査を頼んだら、施工者との対決が始まってしまうのではないか」
そのためらいで止まっているなら、逆だとお伝えします。調査は対決を始める行為ではなく、対決を不要にする行為です。
当事務所は、争いに進まないために、技術的な議論の土台をつくります。
当事務所が向かない方
当事務所の調査は、当事者同士での解決を目指す方のためのものです。
裁判ではなく、施主と施工者の話し合いの中に事実を置くことで、納得できる着地点を探す。そのための調査です。
そのため、目的が違う場合があります。
すでに施工者と裁判で争うと決めている方。この場合に必要なのは、弁護士と訴訟のための鑑定であり、争わないための調査ではありません。
責めたいわけではない。でも、納得はできていない。
その両立に、当事務所は応えます。
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施工者の説明に根拠があるかを見分ける視点は、こちらで整理しています。

症状別の原因と調査の考え方は、該当する記事をお読みください。
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